WORLD Feature Oregon, USA

グルメタウンの本質、食文化が育むコミュニティ

グルメタウンの本質、食文化が育むコミュニティ

2015年末、ワシントン・ポスト紙が「全米で最もグルメな都市」にポートランドを選出した。近年、様々なメディアが取り上げるように、ポートランドの食文化の評価はうなぎのぼりだ。

それは、なぜか?
ここでは著名なシェフのレストランや最新のグルメを取り上げる気はない。それよりも、この都市にはすばらしい食材を育む環境と、それらが循環するコミュニティの存在がある。そのシンプルで本質的な側面にフォーカスしたい。

第一号で紹介した「都市成長境界線(UGB)」の策定による州の土地利用計画により、境界線の外側は開発が許されず豊かな自然環境や農地が保護されている。近郊の農家ではあらゆる種類の新鮮な野菜が生産され、畜産業も盛ん。浄化されたウィラメット川や近海で獲れる海産物、コーヒーやクラフトビールはもちろん、郊外にはワイナリーや蒸留所も豊富に存在する。はやくから環境への負荷をかけない栽培・飼育方法が取り入れられ、健康意識も高いためオーガニックな食材の生産・流通も根づいてきた。

そして何よりも、これらの新鮮で上質な地元食材を地域で消費する“地産地消”、“ローカルファースト”の考え方が都市全体に浸透していることだろう。それにより、ローカルで食文化を育むコミュニティが形成され、理想的なかたちで循環しているのだ。自然豊かな環境で作られた良質な食材がローカルのレストランに提供され、地域のスーパーや市場に流通し、市民の口に入る。そうしたシンプルで本質的な流れがグルメタウンを形成する。

ポートランドの食文化を形成する特徴的なコミュニティの姿を見てみよう。

ファーマーズマーケットが育む“地産地消”の循環

ファーマーズマーケットが育む“地産地消”の循環

ポートランドは毎日どこかでマーケットが行われているといわれるほど、ファーマーズマーケットが市民の生活に根ざした都市だ。いまや世界の各都市でも見られるが、ポートランドでは、Portland Farmars Market(以下PFM)というNPO団体が舵を取り、明確な運営方針のもと行われている。市内でのファーマーズマーケットの運営を通して地元の生産者と消費者を結びつけ、地域経済の活性化とローカルファーストの精神を推進するコミュニティ形成をめざすというものだ。出店者には条件があり、地域の生産者というだけでなく食材の飼育・栽培方法や品質にまで基準を設け、信頼できる良質なものばかりが販売されている。

中でも毎週土曜に州立大学構内で開催されるマーケットは規模も大きく、市民から観光客まで大勢が訪れるポートランドのファーマーズマーケットを象徴する場所だ。野菜や加工品、卵や乳製品、肉、魚、パンや飲料、屋台グルメまであらゆるものが勢ぞろいし、訪れる人びとを楽しませている。ファーマーズマーケットで新しい製品を発表したり、ここから新しい食のトレンドが生まれる場にもなっている。出店者は気さくで、多くの店で試食が可能。顔が見えるかたちで市民と地元生産者が出会う最高のコミュニティのかたちなのだ。

生産者はメッセージとともに食材のプレゼンテーションにもこだわり、見ているだけでも楽しい。
生産者はメッセージとともに食材のプレゼンテーションにもこだわり、見ているだけでも楽しい。

ポートランド発、いまや全米で人気の加工肉店Olympia Provisionsのブース。事業を拡大してもマーケットでの販売を続けている。
ポートランド発、いまや全米で人気の加工肉店Olympia Provisionsのブース。事業を拡大してもマーケットでの販売を続けている。

多くのブースで試食可能なことが来場者にとってうれしい。味を確かめてから購入でき、より地元食材とのつながりが生まれる。
多くのブースで試食可能なことが来場者にとってうれしい。味を確かめてから購入でき、より地元食材とのつながりが生まれる。

会場内では生バンドによる演奏も。この空間自体を心地よく楽しんでもらえるよう運営も工夫されている。
会場内では生バンドによる演奏も。この空間自体を心地よく楽しんでもらえるよう運営も工夫されている。

受け継がれる“地産地消”の系譜

いまや美食の街ともいわれるポートランドで、はやくから“地産地消”運動を推進してきたパイオニア的存在のレストランがHIGGINS(ヒギンズ)だ。

いまや美食の街ともいわれるポートランドで、はやくから“地産地消”運動を推進してきたパイオニア的存在のレストランがHIGGINS(ヒギンズ)だ。地元の生産者と消費者との関係を最重要視し、「食はコミュニティを作り出す」という信念のもと、変わらない“地産地消”スタイルで営業を続けている。平日のランチで入店したが、スタッフと陽気に会話を交わす馴染みの市民でにぎわっていた。

食材を非常にシンプルに調理し、素材の味を最大限に生かした料理がメニューに並ぶ。

食材を非常にシンプルに調理し、素材の味を最大限に生かした料理がメニューに並ぶ。

食材を非常にシンプルに調理し、素材の味を最大限に生かした料理がメニューに並ぶ。

食材を非常にシンプルに調理し、素材の味を最大限に生かした料理がメニューに並ぶ。

食材を非常にシンプルに調理し、素材の味を最大限に生かした料理がメニューに並ぶ。

現在、ヒギンズで料理長を務めるPatrick Strong氏。ニューヨークでシェフを経験した後、2000年にポートランドに移り住んだ。何よりも魅力だったのは、ポートランドの食材の豊富さ。多彩な山海の幸、特に大好きなマッシュルームがすばらしかった、と笑う。
ヒギンズの変わらぬ人気の秘訣を聞くと、迷わずこう答えてくれた。

「コミュニティへのリスペクトと、料理への責任感です。すべての食材は地元の契約農家から仕入れていますし、それらに敬意を持ってのぞみます。すばらしいローカルの食材を大切に、丁寧にお客様に提供することが、ポートランドのレストランの使命ですから」

現在、ヒギンズで料理長を務めるPatrick Strong氏。

Patrick氏のように各地からポートランドに移ってくるシェフは近年増えているという。この土地の食材や食文化に惹かれ、敬意を持って仕事に向き合うことで、“地産地消”や“ローカルファースト”といった考え方も、新しいシェフに受け継がれていく。そうして、ポートランドの食文化の本質的な価値は変わらずに継承されつつ、このグルメタウンの魅力は新たな才能との出会いとともにアップデートされていくのかもしれない。

Super “Local First” supermarket

地域密着型自然派スーパーマーケット「New Seasons Market」

スーパーの売り場に大きく掲げられた額入りの人物写真。なんだろう?とよく見てみると、農場で色とりどりの食材を手に微笑む生産者たち。おそらくプロが撮影している。取り扱う食材の生産者たちへの敬意。こんなスーパー、見たことあるだろうか。

ポートランドとその近郊で展開する地域密着型自然派スーパーマーケット「New Seasons Market」。まさにスーパー“ローカルファースト”ともいえる経営姿勢に驚いた。

地域密着型自然派スーパーマーケット「New Seasons Market」

明るく洗練されたデザインの店内は活気があふれ、多くの市民でにぎわう。商品のバラエティ、食材のディスプレイ、パッケージのデザイン、販売員のプレゼンテーション、スーパーを歩くだけでこれほどワクワクするのも珍しい。

美しく迫力あるディスプレイに思わず足を止めてしまう。

美しく迫力あるディスプレイに思わず足を止めてしまう。

美しく迫力あるディスプレイに思わず足を止めてしまう。
美しく迫力あるディスプレイに思わず足を止めてしまう。

このスーパーの特筆すべき個性は、極端といえるまでの“ローカルファースト”な形態だ。店内にある様々な商品群を手にとってみると、驚くほど地元もしくは近郊で生産されたものが多い。世界各国でスーパーに立ち寄ると必ず見かけるようなお馴染みの商品をほとんど見ないのだ。ポートランドという土地柄、必然的にオーガニックやグルテンフリーといった商品も充実している。

そして何よりも、ディスプレイやポップに非常にこだわっている。取り扱う食材の生産者や食品事業者への敬意と、顧客であるコミュニティへの愛が全面に表現されているのだ。初めて入っただけでそれが伝わってくる。

“The friendliest store in town.(まちで一番フレンドリーな店)”
“The friendliest store in town.(まちで一番フレンドリーな店)”

“Just down the road lives a farmer you should know.(身近な生産者のことを知ってください)”
“Just down the road lives a farmer you should know.(身近な生産者のことを知ってください)”

ポートランド発の人気ブランドOlympia ProvisionsやJacobsen Salt Co.の商品ディスプレイ。
ポートランド発の人気ブランドOlympia ProvisionsやJacobsen Salt Co.の商品ディスプレイ。

さすがコーヒー文化の先進地。コーヒーコーナーには地域の人気店の豆がズラリ。
さすがコーヒー文化の先進地。コーヒーコーナーには地域の人気店の豆がズラリ。

新鮮な果実を使ってその場で作られるオレンジミルクシェイクの試飲コーナー。美味しい!
新鮮な果実を使ってその場で作られるオレンジミルクシェイクの試飲コーナー。美味しい!

店内に置かれていた冊子「Chinook Book」。ローカルの生産者や事業者のクーポンが連なり、ローカルビジネスを活性化し消費者とのつながりをサポートするものだ。
店内に置かれていた冊子「Chinook Book」。ローカルの生産者や事業者のクーポンが連なり、ローカルビジネスを活性化し消費者とのつながりをサポートするものだ。

店内にはサイクリストの荷物を入れられるロッカーを設置。自転車が浸透するポートランド市民への粋な心遣い。
店内にはサイクリストの荷物を入れられるロッカーを設置。自転車が浸透するポートランド市民への粋な心遣い。

地域の情報を共有するコーナー。スーパーのコミュニティ意識が感じられる。
地域の情報を共有するコーナー。スーパーのコミュニティ意識が感じられる。

地域密着型自然派スーパーマーケット「New Seasons Market」

店内の一角にある「Growler Bar」というコーナー。これは地域のクラフトビールやクラフトサイダー事業者と消費者の関係を育むユニークなサービスだ。
下にタンクが設置されており、専用のボトルを購入すればここで割安で補充して持ち帰ることができる。エコでもあり、事業者にもリピーターにとってもうれしい。定期的に事業者がチェンジするため、新しいお気に入りのビールと消費者が出会う機会にもなる。
スタッフの女性は笑顔で説明した後に「ポートランドらしい、とってもナイスなアイデアでしょ?」と誇らしげ。

New Seasons Marketのコミュニティ意識は商品やサービスにとどまらない。

地域の環境にも配慮し、店舗の立地は公共交通機関から約1km圏内に展開。社員には月8時間を有給で地域社会奉仕に充てることを認めている。さらに利益の10%を金銭的な理由で充分な食事ができない地域の人びとの援助、子どもたちの教育、環境保全に取り組むNPOなどに寄付しているという。

ポートランドに暮らす生産者・消費者の価値観をしっかり理解し、市民の食を支える中心的役割を担うスーパーマーケットのかたちを体現している。

市場、レストラン、スーパーマーケット。ポートランドの食文化を形成するコミュニティの姿を取り上げた。グルメタウンといわれるのも納得だ。すばらしい食材と地産地消のカルチャーが浸透し、生産者・事業者・市民それぞれが、ほんとうに良いもの、美味しいものを知っている。市内ではグローバル展開するファストフード店やコーヒーチェーン店、コンビニ等を見かけることがほとんどない。その理由はもう言うまでもないだろう。

次々と新しいトレンドが生まれる食のシーンだが、そうした流れとは別のところで、ポートランドという都市には普遍的、本質的な食文化と、それを育み受け継いでいく土壌ができている。

二章にわたって特集したポートランド編。

都市の姿、そこに息づく暮らしや価値観、コミュニティの姿に出会い、その独自性と魅力を存分に感じられた。いま、世界規模で価値観やライフスタイルに変化が生まれている中で、“ポートランドスタイル”に注目が集まるのは必然かもしれない。

それはポートランドに暮らす人びとが自ら確立してきたスタイルだ。時代にあわせて変化させてきた、というよりは自分たちが求める暮らしの本質を“変えない”で守ってきた、というほうが近いように感じられる。

取材中、とあるポートランダーと話していると、日本の伝統文化や日本人の精神性へのあこがれについて嬉しそうに話してくれた。いま「ポートランドに学ぶ・・・」「ポートランド発、最先端の・・・」という紹介を日本でよく見かけることを話すと、彼らにとってはクエスチョンマークだという。「あなたたちだって、すばらしい文化があるじゃないですか」と。

ポートランドという都市から最も学ぶべきは、暮らしへの考え方と創造する姿勢かもしれない。スタイルを真似るのではなく、自分たちが求める暮らしの本質はどこにあり、なにを守り、なにをアップデートしていくのか。そんなヒントを探しつつ、ぜひポートランドを訪れてその魅力に触れてほしい。