WORLD Feature Oregon, USA

官民の垣根を越えた都市開発のファシリテーター

官民の垣根を越えた都市開発のファシリテーター

官民の間に立ちポートランドの都市開発を担ってきたポートランド市開発局(以下PDC)のオフィスは、パールディストリクトに隣接する歴史的な地区オールドタウンの一角にある。この建物自体も築100年を超えているものをリノベーションして使用されているという。

今回取材にご協力いただいたのは、PDCの都市開発部で勤務する山崎満広さん。現在のPDCのポートランド都市開発における役割と、山崎さんの仕事、そして今後の展望についてお話をうかがった。

 PDCの山崎さん。MTGルームの壁は建築当初の煉瓦造りのまま残されている
PDCの山崎さん。MTGルームの壁は建築当初の煉瓦造りのまま残されている

ポートランドの都市開発におけるPDCの役割とは?

山崎さん

PDCの誕生は1958年。50~60年代の最も都市が荒廃し、クルマ社会全盛の頃、ポートランドを市民が暮らしやすく魅力的な都市に再生することをビジョンに、市の外部組織として発足しました。
革新派のゴールドシュミット市長が掲げたダウンタウンの再活性化を中心に、脱モータリゼーションに向けて路面電車やバスなどの公共交通の整備、建築や土地活用など、都市開発におけるあらゆる部分のコンセプト開発から実践までを行っていたようです。主なミッションとしては、ポートランドを環境にやさしく人が暮らしやすい都市に変革するために、行政(市や州)と民間デベロッパー(開発業者)や市民との間に入り、それぞれの意見を取り入れながら事業を推進するような役割でしょうか。
じつは、当時決定し進めてきたまちづくりプランというのは、現在も軸はほとんど変わっていません。官民の共通認識のもとぶれずに進めてきたことで、いまのポートランドがあるのだと思います。

現在も市内で新しい建築物を建てるには最低でもLEED認証のゴールドレベル以上の厳しい環境基準を満たしていなければいけませんが、そうした場合にアドバイスを行ったり、事業者といっしょにコンセプト開発をしていくのもPDCの役割ですね。
また、ダウンタウンをはじめ、パールディストリクトは世界的に評価される開発事例となりましたが、現在はこのオフィスがあるオールドタウンでもいくつかプロジェクトが始まっています。古い建物や活用できていない土地や空間を、どうしたら人が来たくなる、暮らしたくなる場所になるかということを第一に考え、ディベロッパーとともに動いています。古い建物の価値を残しつつリノベーションしてつくられたThe Society Hotelもそのひとつですね。1階のカフェスペースは私もお気に入りの場所です。

 オールドタウンにある古い建物をリノベーションしたThe Society Hotel
オールドタウンにある古い建物をリノベーションしたThe Society Hotel

 1階はポートランドらしいスタイリッシュで居心地の良いカフェスペースになっている
1階はポートランドらしいスタイリッシュで居心地の良いカフェスペースになっている

山崎さんがPDCで働くことになった経緯はどのようなものでしたか?

山崎さん

私は茨城県の工業高校出身で、大学には行かずに組立工場で働いていました。ただ、昔から国連に入りたい!という壮大な夢をもっていまして、英会話の勉強は続けていました。そして一念発起し、貯まったお金でアメリカのミシシッピ州の大学に入ったんです。大学ではみっちり勉強し、メキシコ留学なども経て、無事卒業したのですが、、、なんとアメリカが不況になり、就職先がなかったんです。そこでアルバイトしながら食いつないでいた時に、学部長との縁に恵まれて同じ大学の大学院に入れてもらえることになりました。経済開発学部というところでした。そこで初めて、地域の開発のためにリーダーシップをとるような「経済開発」という概念に出会いました。国連職員の夢はあきらめかけていましたが、「経済開発」について勉強するうちに、これは要するに国連のような仕事を国内を舞台に行うことなんだと理解できるようになり、そのおもしろさにより深く入っていくことになります。在学中からミシシッピ州の電力会社の経済開発部にインターンとして雇われ、卒業後は当時9.11の影響から就職先が見つかりづらい状況でしたが、これまた縁に恵まれ、日本企業の工場誘致を行うために日本人を必要としていた地元の大手ゼネコンに入社できました。それからは営業として国内外を飛び回って、大きなお金が動く企業誘致や土地開発などの経験を積んでいったんです。

ただ、3年半を迎えたくらいで、ふと「自分はこのままこうした営業をやっていくんだろうか。身体も酷使しているし、家を留守にしすぎてサボテンまで枯れてしまった…。生活も改めたいし、学んできた経済開発の分野にもまた挑戦したい」そんな想いが芽生えたのです。当時は、ゼネコンでの仕事でアメリカ各地にコネクションができていたのですが、タイミング良くテキサス州サンアントニオ都市圏の経済開発を行っている財団から連絡をもらい、やりたかった経済開発の仕事に就くことになります。企業・産業誘致やまちづくりについても学び直しました。

そんな折に、あのリーマンショックが起こったのです。その影響で紆余曲折あったのですが、結果、オースティンにある経済開発のコンサルを行う会社に転職することになりました。その会社は全国のパブリックセクターに対する長期戦略や新事業展開などを提案していて、アメリカではリーマンショックの影響から、環境に配慮した「再生可能テクノロジー」が脚光を浴びていました。ただ、経済開発担当者にはあまりその分野の知識を持っている人がおらず、幸いにも私は工業高校出ていたのでその辺りの知識があり重宝されたんです。多くのプロジェクトに呼んでもらいました。その中のひとつの仕事で、当時すでにサステイナブルなまちづくりの事例で話題になっていたポートランドに初めて来ることになったのです。最初は「なぜこの60万人しかいない都市が、ニューヨークやボストン、シアトルなどの大都市と並んで話題になっているのだろう」と疑問をもっていましたね。

それから幾度かポートランドを訪れ、学ぶうちに、どうもこの都市だけ他とは異なることに気づいたんです。他の大都市は法律などを先に決めてまちづくりを進めるのに対し、ポートランドでは人が先に動いて、それから制度などが決められていく。これは大きな違いです。また、この都市はどうも経済開発を狙っていない。「経済は後からついてくるもので、まずは人の幸せが第一」そんなような考えが浸透していて、産業誘致や再生可能テクノロジーなども大きく行っていない・・・「いったいこの都市はどうやっているんだ?」と。
そこで初めて、当時のPDCに一人だけ知り合いがいたので会って聞いてみたんです。すると、「あー、もう産業誘致とかは古いのよ。80年代にやったから、ポートランドは」とバッサリ!「あぁ、おれがやってたことは古いんだ…」と。再生可能テクノロジーについても聞いてみましたが、「それよりも都市としてコンパクトにまとめて、クルマ移動を減らして公共交通を整備し、建物の環境基準を高め、住民の声を取り入れて生活の質を高めることで結果的にサステイナブルな循環が生まれるのよ」みたいな。これまでやってきたこととまったく違って、全然話が理解できませんでした(笑)

PDCオフィス内の通路に飾られているポートランドのリソースや都市開発の姿を表現したボード
PDCオフィス内の通路に飾られているポートランドのリソースや都市開発の姿を表現したボード

それからです。ポートランドについてより深く勉強しはじめ、この都市を理解するために「ここに住んだらもっとこの都市を理解できるよなぁ。食べ物も美味しいし、暮らしやすそうだし」と、30代半ばで新しい道を決断。2011年、PDCの知り合いだった人を通じて、募集中のポジションに応募。かなりの倍率だったらしいですが、最終面接を終えて「候補者は何人いるのですか?」って訊ねてみると、「えっ?聞いてない?もう君しかいないよ。すぐ来てくれ」ということに!その面接が月曜で、金曜までに決断してくれってことで、進行中だった再生可能テクノロジーの巨額が動くビッグプロジェクトを蹴って、PDCに入る決断をしました。あとでプロジェクトメンバーには散々嫌味をいわれましたけどね(笑)こうしてバタバタと私のPDCでの活動とポートランドライフがスタートしたのです。

入社して驚いたのは、私があいさつの際に電車通勤しようと思うことを伝えると、上司が自分の自己紹介で「私はまだクルマで通勤しているBad personなのよ」と申し訳なさそうに言うんです。なんでそこまで言うのかな、と思ってたのですが、じつはこういう感覚が一般的だったんです、このまちでは。会社も環境への配慮として自転車通勤を奨励し、シャワー室なども完備。すると、自然とみんなが「私もそうしようかしら」と意識が変わっていくんだとか。こういう風にいろんな面で自然に共通認識や循環が生まれるのがポートランドの特徴で、サステイナブルな生活への考え方がここまで成熟しているのか、とほんとうに驚きでしたね。

ポートランドに本社を置く世界的クリエイティブエージェンシーWieden+Kennedyのオフィス廊下に置かれた社員の自転車(次号にてオフィスレポート)
ポートランドに本社を置く世界的クリエイティブエージェンシーWieden+Kennedyのオフィス廊下に置かれた社員の自転車
(次号にてオフィスレポート)

山崎さんのPDCにおける現在のお仕事についておしえてください

山崎さん

現在は都市開発部の国際事業開発オフィサーというポジションで、「We Build Green Cities」というかたちでポートランドの都市開発モデルを海外にも紹介しよう、という輸出戦略を担当しています。やはりポートランドは世界から注目されていて各地の視察を受け入れたり様々なお話があるのですが、じつは、いま最も力を入れているのが、日本なんです。日本のメディアに多く紹介されていることもありますが、日本の都市が直面している事情や政府の進める地方創生の流れもあって、ポートランドに注目が集まっているのかと思います。実際に多くの自治体が視察に来てくれています。

具体的に協力して進行しているプロジェクトとして紹介できる事例は、都市計画や建物の環境認証の部分で協働している千葉県の「柏の葉スマートシティ」や、和歌山県有田川で地域住民の方々と行政が一体となって進めているまちづくりプロジェクト「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」があります。また、2月9日にはポートランドに日本から地方創生に携わる方々を迎え、「環境未来都市構想推進国際フォーラムinポートランド」というイベントが行われました。こうした場づくりでもお手伝いしています。

「柏の葉スマートシティ」プロジェクトのワークショップの様子
「柏の葉スマートシティ」プロジェクトのワークショップの様子

「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」プロジェクトでは地域住民が積極的に参加
「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」プロジェクトでは地域住民が積極的に参加

「環境未来都市構想推進国際フォーラムinポートランド」では日本から多くの関係者を迎え、会議や市内視察が行われた

「環境未来都市構想推進国際フォーラムinポートランド」では日本から多くの関係者を迎え、会議や市内視察が行われた
「環境未来都市構想推進国際フォーラムinポートランド」では日本から多くの関係者を迎え、会議や市内視察が行われた

私たちPDCでは、例えば私個人がアドバイザーとして入ったり、また大きなプロジェクトになるとPDCメンバーとポートランドの建築事務所やデベロッパーなどのチームを編成して参加したりと、事業にあわせて様々なかたちが可能です。
ただ、プロジェクトに参加する上で重要なことは、長期的なビジョンと関係者の熱意があるかどうか、ということですね。日本のお役所仕事やまちづくりプロジェクトでありがちなのが、予算が削減されて頓挫したり、3年で担当が代わってまた一から認識を共有したり、まったく進む方向性が変わってしまうこと。これでは絶対にうまくいきません。ファッションや消費トレンドなどめまぐるしく変化するものとは視点が別で、都市開発やまちづくりはより長期的なビジョンに立って考え、それに熱意をもって関わるメンバーが必要なのです。

 PDCの山崎さん。MTGルームの壁は建築当初の煉瓦造りのまま残されている
都市開発の考え方を紹介するプレゼン資料の説明

また、都市開発の手法として、日本では行政が道筋を決めて、デベロッパーが箱モノを作って、そこに人やソフトコンテンツを後から入れます。ポートランドでは初期段階から行政、民間、市民がそれぞれの立場で意見を出して話し合い、ここで長期的なビジョンや全体イメージをかためます。それから連携しあって具体的に進めていくのです。そのため、トップが変わってもプロジェクトがめざす共通認識が受け継がれ、方向性がぶれません。また、ソフトなコンセプトやイメージを、実際に都市というハードに変換していく流れで、その考え方ができるファシリテーターやデザイナーの存在も重要になります。

そうした部分で、私たちポートランドのチームの経験がお役に立てると思っています。ポートランドと世界をつなぐ立場として、これからも日本各地の都市や人と協力して、すばらしいプロジェクトに参加できることを願っています!

ポートランド特集の第一回は、いまの都市が形成された変遷や特徴、そして現場に携わってきたPDC山崎さんの声から、ポートランドの都市としてのユニークネスや魅力を見つめてきた。第二回では、この都市に暮らす人や企業、コミュニティが創り出している、ポートランドらしいアイデアにフォーカスしたい。

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