WORLD Feature Oregon, USA

半世紀で生まれ変わった“グリーンシティ”

 ポートランダ―に親しまれている合言葉“KEEP PORTLAND WEIRD(ポートランドは風変わりであり続けよう)”

じつはわずか半世紀前の1960年代まで、ポートランドは全米でも指折りの環境汚染と荒廃が進んだ都市だった。

ポートランドは20世紀に入り、全米で進んだ重工業化によって、市内中心部を流れるウィラメット川の恩恵を受けながら物流や交易、造船や鉄鋼のまちとして発展。しかし、その影響で環境汚染が深刻化し、ウィラメット川の水質も悪化。一時期は全米で最も汚染された川のひとつだった。その後に訪れた重工業からの産業構造の転換を受け失業者が増加し、中心部の荒廃も進んでいくこととなる。

しかし、当時は全米で市民運動や反戦運動などのカウンターカルチャーが起こった時代。もともと開拓の時代からポートランド市民に受け継がれてきた精神と、その後に移り住んできたヒッピーたちの声が結集し、大きなパワーとなりつつあった。「自分たちのまち、暮らしを守ろう」そうした市民から生まれた大きなうねりが、ポートランドが劇的な変革の道を歩み出すきっかけとなった。

1967年 変革の旗手の登場

オレゴン州知事にトム・マッコール氏が就任(~1975年)。都市の危機的な状況と市民の声を受け、自然環境を守り共生するまちづくりをアピールし、大きく舵を切る。後の「都市成長境界線」の策定、ウィラメット川の浄化、ウォーターフロントパークの開発など、ポートランドの劇的な変革のきっかけをつくった。

1969年 脱モータリゼーションへの一歩

政府が打ち出したウィラメット川沿いの高速道路拡張計画に対して、市民から猛烈な反対運動が起きた。自動車産業の発達とともに全米で高速道路建設が最盛期を迎えた時代に、ポートランドの市民たちは真っ向からNOを突きつけた。「私たちが求める暮らしはそうじゃない」と。長期にわたる反対運動の結果、高速道路は撤去され、代わりに跡地の川沿いには1.5kmにわたる緑の公園がつくられ、後に各地に広がっていくウォーターフロントパークの先駆けとなった。ここからポートランドの脱モータリゼーションが始まる。

1973年 都市成長境界線制定による都市と自然の共生モデルがスタート

市民運動の活性化にともない、市長に32歳の若手革新派ニール・ゴールドシュミット氏が就任。荒廃した市の中心部、ダウンタウンの再活性化に歩み出すとともに、州全体ではマッコール知事の掲げた「都市成長境界線(UGB)」を策定する土地利用計画がスタートする。これは、無秩序な郊外への開発(スプロール化)を止めて、開発が認められる都市部と、厳しい基準をクリアしなければあらゆる開発行為が認められない郊外エリアを区分するために、州の土地に明確な境界線を設定するものだった。この制度によって、都市部を市民の住居や生活関連サービス、企業オフィス、公共交通網などを結集させた「コンパクトシティ」化が図れるとともに、境界線外では豊かな自然環境や農地をそのまま保護することができる。この都市部と自然を明確に分けた共生モデルが、現在に至るまでポートランドがもつ様々な資源や特有のカルチャーを維持・形成してきた。

1974年 市民参加型まちづくりの基盤「ネイバーフッド・アソシエーション」

ポートランドには1930年頃から、地域住民が自発的に集い、地域の課題や解決策を話し合い、実践する組織が存在していたといわれる。1974年にこれらの組織は「ネイバーフッド・アソシエーション」として市がその存在を公式に認め、条例に規定された。これによって、市はこれら地域住民からなる組織の支援やオフィスの設立、また市の計画段階で意見交換の場を設け、地域住民の意見を積極的に取り入れるようになった。基本的にネイバーフッド・アソシエーションはボランティアで成り立っており、参加する住民同士の間で運営役員や活動指針を決め、定期的に集まって課題などを話し合い、実践する。すべては自分たちの暮らすまちのため、公益のために活動しており、市全体にこのような意識が浸透している。現在では市内各地域に100近い組織が存在し、行政と連携しながら市民参加型のまちづくりが進んでいる。

1978年 メトロガバメント(オレゴン地域政府)の誕生

ポートランドと周辺の都市圏が連携し、住民投票で選ばれた議員によって運営される「メトロガバメント」という広域地方政府組織が設立された。メトロガバメントでは市町村をまたいだ土地活用や都市成長境界線の制定、緑地活用、ごみ処理法、公共交通の整備などの事業をオレゴン州から請け負い、住民の承認をもって管理・実施する。130万人以上をカバーするアメリカでも唯一の広域地方政府組織であり、世界的にも類を見ない先進事例となった。これにより州内ではポートランドを中心として地域間の連携が進み、自然保護と人の暮らしを中心に考える共通認識のもと広域都市計画が進められている。

上記のように、ポートランドではいまから約半世紀も前に、都市のめざす姿、まちづくりの方針について大きな舵取りをし、歩み出していたのだ。単純に環境に優しい都市というだけでなく、資源やお金が循環し、市民の暮らしを最優先に考えた持続可能なエコシステムを備える“グリーンシティ”への道だ。ポートランドという都市を形成する軸となったこれらの制度や考え方は、長い年月の間に成熟し、現在に至るまでぶれることなく受け継がれ、いま世界の注目を浴びる多彩な魅力を生み出している。

ポートランドの都市開発、まちづくりという側面において、特筆すべき個性をいくつか取り上げたい。