JAPAN FEATURE
横浜・野毛 ~オンリーワンな横丁ワンダーランド!~

横浜・野毛 ~オンリーワンな横丁ワンダーランド!~~

いつの時代も「食」は私たちの日常のエンタテインメントです。
仕事帰りにふらっと立ち寄っておいしい食事とお酒を楽しんだり、特別な日にはオシャレをしてちょっぴり贅沢なレストランに出かけたり、にぎわう街には必ず「食」の魅力が存在します。

そして、食事だけでなく、人との交流も同時に楽しめることが「横丁」の最大の魅力!昨今の「横丁ブーム」は、気軽な交流を育む横丁独自の空間が街の新しいにぎわいを生み出している好例といえるでしょう。
リクルートホールディングスが2016年のトレンド予測で発表した「横丁ルネサンス」という言葉は、これまで横丁とは縁遠かった若い女性客が昔ながらの飲食街である横丁を訪れ、従来の顧客層である中高年の男性客との“ゆるふわ”なコミュニケーションを楽しむ傾向が生まれる、というものでした。そして、実際にこうした現象は、女性に限らず、各地の横丁で世代や国籍を超えた交流やにぎわいが生まれていることからもわかります。

「横丁」にフィーチャーするEdea特集 第二号では、東京からすこし足を伸ばして、昔ながらの飲食街を受け継ぎつつ最近新しいにぎわいが生まれているという横浜・野毛地区を取材。人びとを惹きつける街、にぎわう街のヒントを探しに、ディープでどこか懐かしい魅力漂う野毛を訪れました。

取材:2017年2月
協力:野毛地区街づくり会、萬里

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【横浜・野毛】

600軒以上もの個性店が連なる「横丁ワンダーランド」!

【横浜・野毛】600軒以上もの個性店が連なる「横丁ワンダーランド」!

平日の17時過ぎ、桜木町駅からすぐに位置する野毛小路は、まだ明るいうちから多くの人でにぎわいはじめます。地元の常連さんと思しき中高年の男性客はもちろんのこと、驚いたのは20~30代の若い男女がひっきりなしに集まってくることです。

現在、この野毛エリアにある居酒屋の数は、なんと600軒以上!そのほとんどがチェーン店ではなく個性的な個人商店です。手にしたエリアマップには「昭和の臭う街」というキャッチコピー。まさにその文字通り、いまどきのスタイリッシュなカフェ・レストラン・バーではなく、昔ながらの居酒屋やスナックが所狭しと連なっています。そのなかを多くの若い男女がお店を吟味しながら、またスマホで写真を撮りながら歩いていきます。近代的に整備された街並みが続く都会で育った若い世代にとって、ここは“古くて新しい”横丁ワンダーランド!これがいまの野毛の光景なのです。

【横浜・野毛】600軒以上もの個性店が連なる「横丁ワンダーランド」!

【横浜・野毛】600軒以上もの個性店が連なる「横丁ワンダーランド」!

「安・旨・楽」3拍子そろう“のんべえの聖地”

以前から“のんべえの聖地”とも呼ばれる野毛の魅力は、なんといっても「安・旨・楽」の3拍子そろっていること!個性豊かな店が小さなエリアに集結し、安い価格帯でおいしく多彩なメニューをそろえています。かつ、どのお店もオープンな雰囲気で店主も気さく、小さな空間で隣に居合わせた客との会話も自然とはずみ、新しい出会いや交流を楽しめることも野毛の醍醐味です。

そして、これは野毛の文化なのか、はたまた混雑する店で次の客への配慮なのか、当然のようにすこし飲んでまた次の店へと移っていく常連さんたち。はしご酒の街ともいわれる野毛のスタイルなのかもしれません。「今日はまだ○軒目!まだまだ飲むぞ~」といった声もよく聞こえてきます。それほど行きたくなる魅力的な店が集まっているからでしょう。

【横浜・野毛】「安・旨・楽」3拍子そろう“のんべえの聖地

【横浜・野毛】「安・旨・楽」3拍子そろう“のんべえの聖地

いま、ふたたびの野毛

野毛の街はさまざまな歴史と浮き沈みを経験してきました。

幕末までは野毛浦と呼ばれる穏やかな半農半漁の村だった野毛は、1859年の横浜開港で大きな変化を迎えます。幕府は東海道と横浜港を結ぶための「横浜道」を野毛に通し、奉行所などが設置されました。さらに明治維新を迎え、野毛は鉄道や近代水道発祥の地となったり、商人たちの豪邸が建ち並び多くの人でにぎわうようになりました。

その後の関東大震災、そして戦時中の空襲でいったんは焼け野原になった野毛でしたが、戦後の闇市でふたたび大いににぎわいを見せるようになります。当時は「野毛に行けば何でもそろう」「野毛では金さえ出せば何でも食える」と言われたほど、多くの露店が広がり、モノや食に飢えていた庶民を引き寄せたのです。こうした闇市で栄えた商いと交流の活気が、現在の野毛のルーツだといわれています。

時は流れ、昭和の高度成長期やバブル全盛時代には都心一帯は栄えましたが、バブル崩壊を機に路頭に迷った人も多く出ました。お金がありみんな贅沢を経験した時代から一転、貧乏になった。そんな時に、変わらずに商売を続けていた野毛エリアにまた人が集まりはじめたのです。お金のないサラリーマン、仕事で疲れてクタクタのサラリーマンたちが、ノスタルジックな街の雰囲気と安くておいしい食事、そして人の温もりを求めて集まり、野毛のファンが増えていきました。

そしていま、野毛が若い世代を惹きつけるのは、各地で都市開発が進み昔ながらの横丁が消えゆくなかで、ずっと変わらずにきた野毛のレトロで昭和な空気が、逆に強烈な新鮮さ、魅力となって、彼らを惹きつけているのだといいます。

Interview

オンリーワンな街

今回は、そんな野毛の歴史を知る生き字引的な存在、野毛地区街づくり会の理事を務め、老舗中華料理店「萬里」の店主でもある福田豊さんに、いつの時代も人びとに愛される野毛の魅力を伺いました。

今回は、そんな野毛の歴史を知る生き字引的な存在、野毛地区街づくり会の理事を務め、老舗中華料理店「萬里」の店主でもある福田豊さんに、いつの時代も人びとに愛される野毛の魅力を伺いました。

レトロブームと野毛の新しさ

---最近、野毛に若い人が増えているそうですね

福田さん

そうですね。野毛に訪れる人自体が増えています。スマホを片手に野毛の街を歩く若い男女をよく見かけるようになりました。金・土・日は特に多いですね。東京から来ているのかもしれません。
これは私の解釈ですが、人間は飽きっぽいじゃないですか(笑)たとえば、高度成長の時代に工業化が進み、新しい建物もどんどん建っていった。すると、そうした社会では「レトロブーム」というのが起きて、戦前に建てられたような古い建築やモノに人の興味はいくんです。みんな、“見たことないもの”をチャーミングに感じるのでしょうね。
最近の若い人たちが野毛に惹きつけられるのも、そんなレトロブームに似ている気がします。自分たちが育ってきた環境とは異なる、昭和臭が漂う野毛の飲食街が逆に新鮮で、新しいもの見たさにやって来るのだと思いますよ。

レトロブームと野毛の新しさ

レトロブームと野毛の新しさ

オンリーワンな「本物の場末」

---野毛という街の個性はどんなところでしょう?

福田さん

東京をはじめ都市部で安く飲み食いするには、ナショナルチェーンばかりですよね。でもそういうお店は一軒行けば、あとは大体おんなじ。野毛には個性的な小さな店が600軒以上もあります。ほとんどが個人商店や夫婦で営んでいるお店で、みんな決まりにとらわれない自由な料理を作っていますよ(笑)

お客さんは気軽に安く飲んで、ぱーっと楽しんで帰っていく。この街にはいまだに場外競馬も風俗店もあり、人間の本能に素直な街といいますか。他の都市では見られない「本物の場末」として残ったんです。商売というのは「ファーストワン」か「オンリーワン」が大事。野毛はオンリーワンになれたんだと思っています。

それともうひとつ。高度成長やバブルを経て、各地で都市開発や変化が生まれました。その際に、大抵の街はターゲットを絞り、そのために街を変えて魅力をアピールするようになりました。でも、野毛は決してターゲットを絞らなかった。ありのままで商売を続けました。そこが良かったのだと思います。

オンリーワンな「本物の場末」

野毛の本道をゆけ

福田さん

野毛の街の商店のみんなは一生懸命儲けようというより、いつの時代も安くてうまい食事と酒を提供し、ずっと変わらずにやってきた。戦後の厳しい時代、みんな貧乏だったけど、みんなが貧乏だったら耐えられるもんなんです。野毛はみんな貧乏(笑)そんな不幸をなぐさめ合う連帯感が、いまの野毛の魅力を作ったんです。

最近、人が増えて家賃が上がっていることがすこし心配。それでも、誰もメニューの値段を上げたりしません。新しく野毛に若い店主も入ってきていますが、彼らも自然に安い値段設定をしている。これが野毛という地域のもつ価値観、というか一体感なんでしょうね。

私は「野毛の本道をゆけ」と言っています。歴史のなかで培われてきたこの街の雰囲気を大切にしていきたいからです。逆に、高齢の店主が亡くなって廃業するお店もあります。これも自然の流れで、繰り返されてきた循環なのです。

昔は野毛のなかでもバラバラでそれぞれが勝手なことやっていたから、何かをやるにも行政に認めてもらえなかった。でも、いまはまとまってきました。

私はこういう立場ですが、“野毛の街を盛り上げよう”なんて大それたことは考えていません。常に、“いたずら”しようと思って(笑)おもしろいことはお金を払ってでもやりたいし、つまらないことはお金を払ってでも勘弁してもらう。好きなことやって、お金なくなったらやめようと思っていますよ。

野毛で暮らす人、商売をする人の条件は、「こりない、めげない、あきらめない」。そして、「後悔しても、反省しない」。私の勝手な信条ですけどね(笑)

福田さん

大道芸の街・野毛

大道芸の街・野毛

野毛の街を舞台におもしろい“いたずら”を仕掛けてきた福田さん。そのひとつに「野毛大道芸」があります。いまや野毛は“のんべえの聖地”だけでなく、“日本三大大道芸の街”でもあります。

戦後の闇市でにぎわった時代から、バブル期を経て、徐々に衰退へと向かった野毛エリア。そんな社会のなか、1986年(昭和61年)の春に「野毛をなんとか活性化しよう」という地元商店主たちが立ち上がりました。その仕掛け人のひとりだった福田さん。たまたまフランス帰りのサーカス芸人だったIKUO三橋さん(野毛大道芸初代プロデューサー)と野毛の飲み屋で一緒になり、意気投合して大道芸パフォーマンスを入れたイベントを開催。初回は30人ほどの人が集まり、その観客たちの反応を見て、翌年から本格的な大道芸イベントを開催していくことになります。

年々盛り上がりを見せ、各地から自然と芸人たちが集まってくるようになりました。多い時にはその数200人!野毛大道芸の特徴は芸人さんへのギャラが一切ないにも関わらず、「おれも出してくれ」と多くの芸人さんが参加を希望したのです。この大道芸イベントはどんどん他の街を巻き込んで拡大していくことになります。そして、いまでは2日間の開催で20万人もの来場者を集める一大イベントになったのです。

大道芸の街・野毛

2017年4月22日(土)・23日(日)、今年で第42回を迎える「野毛大道芸」。福田さんは現在も野毛大道芸プロデューサーを務めています。 昭和のノスタルジー漂う横丁ワンダーランドと、奇抜で活気あふれる大道芸の相性はベストマッチ!!刺激と人のぬくもりが共存し、古くて新しい、ディープでオンリーワンな野毛エンタテインメントをぜひご体感あれ!

野毛大道芸公式サイトは▶ こちら

編集後記

野毛のウワサは以前から酒飲みの友人に聞いていましたが、じつは今回初めて取材で訪れました。とても幸せな取材となりました。まず私自身が野毛のファンになったことは言うまでもないですが、長年人びとに愛されてきたこの街のストーリーを、その当事者である福田さんからお聞きできたことが嬉しかったです。ユーモアたっぷり、時に自虐的に野毛のことを表現する姿からも、いかにこの街を知り尽くし、いかにこの街を愛されているかが伝わってきました。福田さんのお話を伺ってから繰り出した野毛の街はさらに魅力的で、終電まで5軒のはしご酒を満喫。あの日たまたまお店で同じ空間に居合わせ自然と会話が弾んだみなさんと、連絡先は交換しなかったけれど、なぜかまたあの店に行けば会える気がしています。そんな街ですね、野毛って(笑)愛すべき街、野毛に幸あれ!
Editor / Writer 岸本悠生(TNC)