奏で合う まちの未来 ~音楽と、これからのまちづくり~

【ヤマハ おとまち】

音楽が創る未来のコミュニティ

全国各地で“音楽の街づくり事業”「おとまち」を展開する株式会社ヤマハミュージックジャパン。「渋谷ズンチャカ」の実現も、もともとは渋谷区の前区長・桑原敏武氏が「おとまち」に相談したのがきっかけだったといいます。

“この変わり続ける渋谷で、なにかイベントができないだろうか。単なるイベントではなく、継続的に実施でき、人びとの渋谷への愛着がより深まるようなもの。そして、渋谷が文化の発信地としてより成長できるようなものを”

一過性のイベントではなく、音楽の力でいかに地域コミュニティを活性化し、参加する住民や企業、そして社会の共有価値の創造をテーマに活動を続けていた「おとまち」チームでは、地域のさまざまなステークホルダーを巻き込んだ“参加型の音楽フェス”の実現に向けて企画段階から参加し、現在の「渋谷ズンチャカ」のかたちが生まれました。

「音楽」をより身近に、楽しんでもらうために

“音楽の街づくり事業”「おとまち」誕生のきっかけを、株式会社ヤマハミュージックジャパン 事業開発部 音楽の街づくり推進課の安間尚美さんにお伺いしました。

「もともとヤマハはご存知の通り、楽器や音響機器のメーカーとして始まった会社です。ただ、単に“ハード”を作って提供しているだけでは、ほんとうの音楽文化は育まれません。メーカーとはいえ、いかに“ソフト”を提供できるかが大切なのです。

西洋では家庭でも音楽で人をもてなす文化が根づいています。日本でもこのような文化が育てられないか、より音楽を身近に楽しんでもらえるようにならないか、ということで『ヤマハ音楽教室』がスタートし、おかげさまで60年続いています。ただ、これまではどうしても“楽しむ”というより“学習”が中心になっていました。じつは、日本人ほど楽譜が読める国民はいないんですよ。これからますます進む少子高齢化の中で、楽器の販売や学習だけでなく、いかに多くの人に音楽を楽しんでもらえるだろうか。子どもたち、そして地域社会のために、音楽は何ができるだろうか、そうした発想で始まったのが私たちの“音楽の街づくり事業”『おとまち』なんです。

音楽をやったことがなくても機会があればやってみたいと思っている人、また学生時代にやっていたけどライフステージが変わる中で音楽を忘れていく人たちは大勢います。そうした方々に音楽に触れられる機会を提供すること。そして、音楽をツールとした地域課題の解決と新しいコミュニティづくりをめざして、2008年頃からこの事業はスタートしました」

各地で育まれる音楽のコミュニティ

現在、「おとまち」では全国各地で音楽を活用した地域課題の解決とまちづくりのサポートをしています。その中でも、象徴的な事例をお聞きしました。

【茨城県水戸市】水戸ステーション開発株式会社×おとまち

今年で3年目を迎える茨城県水戸市でのプロジェクト。もともとは茨城県のターミナル駅である水戸駅が乗降客にとって交通の通過点になっており、行き交う人の流れが無機質で、駅前のドーナツ化も進んでいたという課題から、駅ビル「エクセル」を運営する水戸ステーション開発株式会社様から相談があったことがきっかけだったといいます。

開放的な集会室やキッチン

じつは、水戸は以前から音楽(吹奏楽)が特に盛んなまちで、ビッグバンドも多く存在しています。リサーチを進めるうちに、かつて音楽をやっていたのにライフステージの変化とともに音楽から離れている女性が多くいることが見えてきました。そこで、まず応募を募り、地域に根ざした女性だけのビッグバンドを作り、駅ビルを中心に活動することになったのです。募集の結果、定員30名を超える応募があり、2013年10月に水戸市内や近郊に住む18~59歳の幅広い年齢層の女性35名による「MITO レディースビッグバンド by エクセル」が結成されました。

渋谷MODI店頭プラザ会場で行われた陽気なセッション

尺八・琴の体験コーナーも設置

2014年5月に駅ビル「エクセル」にて行われた初の公開練習、多くの聴衆が集まりました。

「プロジェクトは水戸ステーション開発株式会社とおとまちのメンバー、そしてヤマハとつながりが深い地元のかわまた楽器店が連携して動き出しました。コミュニティを育成するうえで欠かせない“場”を提供するディベロッパーと、地元の音楽事情に精通する楽器店、音楽に関する人脈やノウハウを有するヤマハからなる共同チームです。そして、あくまでも主役は参加してくれた地域の女性バンドメンバーです。彼女たちが地域を盛り上げる代表者となり、“自分事”として取り組んでいただいたのが何よりの成果です。
目標として設定したのは、結成から一年後の2014年10月に、エクセルにてデビューコンサートを開催すること。毎月練習を重ね、メンバー同士のつながりも深まります。また、活動開始から半年後の公開練習では多くの聴衆が集まり、エクセルのテナントの皆様にもご協力いただき、バンドの演奏と一緒にコーヒーの試飲も提供できるなど地域との連携も深まっていったのです」

途中、ふらりと立ち寄られたおじいさん。

「そして、結成から一年後の2014年10月、『MITO レディースビッグバンド by エクセル』のデビューコンサートがエクセルホールにて行われ、誰もが聞いたことのあるおなじみのジャズ曲を中心に演奏を披露。集まった多くのお客さんとともに会場は音楽の楽しさに包まれました。いまではこのバンドは地域のお祭りやイベントに呼ばれ、多くの応援を受けながら活動を続けています。
スタートから3年が経過しましたが、これからが大切です。ヤマハの『おとまち』事業としては、あくまでもノウハウを提供し、育てあげ、音楽による街づくりが地域主導で『自立』してもらえることが大切なのです。これからも地域と連携しながら、サポートしていきたいと思います」

【千葉県船橋市】野村不動産株式会社×三菱商事株式会社×おとまち

近年の都市化、核家族化の進行によって、再開発地域や巨大集合住宅地では隣人や地域住民同士の関係がどんどん希薄になっています。たとえば、千葉県の東武野田線「新船橋」駅前に生まれた、約1500戸の住居と商業施設、病院や子育て支援施設から構成される新しい街「ふなばし 森のシティ」でも、音楽を活用したコミュニティ形成が進められています。

渋谷MODI店頭プラザ会場で行われた陽気なセッション

尺八・琴の体験コーナーも設置

「住宅の購入は一生の買い物です。新しい街で、いかに安心して楽しく暮らせる住民コミュニティを創れるか。『ふなばし 森のシティ』の開発を手がけた野村不動産株式会社様、三菱商事株式会社様と一緒に進めたのがこのプロジェクトです。1500戸もの住民の方々のコミュニティを生み出すのですから、これはまさに“まちづくり”ですよね。
このプロジェクトでも住民によるビッグバンド『フォレストシティビッグバンド』を結成し、大学や地元の楽器店とも連携しながら活動しています。楽器店が練習場になり、音楽を楽しむ幅広い世代が集まります。子どもたちが夜の練習に参加しても、顔が見えるメンバー同士なので安心。小さい子の成長をみんなで見守るような関係性が育まれてきました。音楽を楽しみながら住民同士の“ゆるいつながり”を育む、こうしたかたちが全国に広がれば、たとえば転勤することになった地域で、音楽をきっかけに新しいコミュニティに溶け込んでいけるでしょう。これって、すてきだと思いませんか」

ヤマハのDNAと「おとまち」が描く未来

ヤマハの社内で“音楽の街づくり事業”「おとまち」がスタートしたのが2008年頃。そして、2011年の東日本大震災を機に、あらためて地域コミュニティの価値を見直すことになります。その頃から全国各地からの問い合わせが増えるようになったといいます。

「災害時の生きるか死ぬかという状況では、音楽ができることは少ないでしょう。でも、すこし暮らしが落ち着いてきた時に音楽が何かの助けになることもあるのではないでしょうか。音楽は、生活を豊かにしてくれます。だからこそ、これからも社会課題解決の一助として、音楽に何ができるかを考えて、続けていきたいと思っています 」

「これから2020年にかけて、さらにその先へ向かって、ますます地域社会のあり方が問われ、また世界との関わりも増えることでしょう。全国各地に多彩な市民音楽祭やコミュニティバンドが育まれ、たとえば色とりどりの四季や地域ならではの伝統音楽、そこでしか生まれない自然の音などに注目が集まり、新たな“サウンドツーリズム”という概念も広がっていくかもしれませんね。そんなワクワクする未来を想い描いて、私たち「おとまち」の活動を続けていきたいと思います」

ヤマハのDNAと「おとまち」が描く未来

編集後記

「渋谷ズンチャカ」を取材する中で、多くの年配者、そして外国人観光客の楽しむ姿に出会いました。いずれも、たまたま通りかかって楽しんでいる方々でした。音楽は、世代も、国境も軽々と超えることをあらためて感じます。「音」は人の暮らしに欠かせない存在です。奏でる人、聴く人が一体となって楽しむことで、そこにコミュニティは自然と生まれます。ますます進化するテクノロジーの恩恵を受けて、場所にとらわれないコミュニティも生まれるでしょう。また、「おとまち」が考える“地産地聴”のサウンドツーリズムというかたちも、なんて魅力的な響きでしょうか。音楽の無限の可能性に心踊る取材となりました。
Editor / Writer 岸本悠生(TNC)