奥にある暮らし ~発見・継承 2016奥四万十博~ 高知県・奥四万十

【集落の未来】コミュニティーセンター 凪の里

限界集落のたからもの

限界集落のたからもの

海と漁師の町、須崎市。風光明媚な横浪半島の付け根、周囲を山に囲まれた小さな湾に久通(くつう)集落はあります。段々畑に囲まれ、眼前に広がるのは息をのむほど美しい海。日本の原風景が残る場所です。集落の人口はわずか36世帯で70人。平均年齢が70歳を超える、いわゆる“限界集落”です。
先に訪れた床鍋集落は山村でしたが、久通は海の集落。トンネルが開通し、町の中心部までのアクセスが改善された床鍋に比べて、久通へのアクセスは深い山道しか通っておらず、いまだ孤立した“陸の孤島”状態だといいます。

湾に面した高台に建つ「コミュニティーセンター 凪の里」 湾に面した高台に建つ「コミュニティーセンター 凪の里」

取材に伺ったのは、住民の方々の交流の場であり宿泊所でもある「コミュニティーセンター 凪の里」。将来的には日本各地に増えることが予想され、多くの課題を抱える限界集落の現状とはどのようなものでしょうか。「奥にある暮らし」に出逢う旅。久通集落には、ありのままの抗えない現実と、ここにしかない“たからもの”がありました。

毎朝の「モーニング」、住民が触れ合う大切な時間

笑顔で出迎えてくれたのは、凪の里で責任者を務める西川賀津子さんと、高知県漁協組合久通支所で委員長を務める山口貞義さん。

笑顔で出迎えてくれたのは、凪の里で責任者を務める西川賀津子さんと、高知県漁協組合久通支所で委員長を務める山口貞義さん。凪の里は久通漁協の場も兼ねています。

西川さん

「この凪の里の建物は、もともとは久通小学校でした。明治30年に開校した歴史がありますが、少子高齢化が進み、平成11年に統廃合されました。その跡地を活用して、須崎市がこのコミュニティーセンター 凪の里を作り、平成13年から運営しています。
ここの活動は、基本的に集落の住民のみなさんのためのコミュニティー施設として、集会室や調理場を備え、交流できる場になっています。毎朝8時頃になると、漁協や住民の方が『モーニング』をしに集まって来られます。食べ物は各自持ち寄りでコーヒーはここで出します。漁のこと、病気のこと、これからのこと、みんなでなんでも話し合って、この時間がとっても楽しくてかけがえのない時間なんです」

開放的な集会室やキッチン

畳の宿泊スペース

開放的な集会室やキッチン(左)畳の宿泊スペース(右)目の前には美しい湾の景色が広がる

西川さん

「ご覧の通りこの集落は高齢化が進み、平均年齢は70歳を超えています。私も76歳ですが若いほうかもしれません。最年長の方は106歳になります。20~30代の方も数名いらっしゃいますが、お勤めに出ていたり、お嫁に行くことが決まっていたり。独居老人の方が多いので、いろんな課題がありますね。だからこの場所では『百歳体操』という高知県が推進する高齢者の健康のための体操を集まって行ったり、食事をしながら交流をしたりしています。買い物は月・水・金曜に市がバスを出してくれ、町まで買い出し等に行けるので助かっています。
あとは困っているわけではないのですが、あったらいいなと思うのは、介護のサービスですかねぇ。いまは外から来ていただいてますが、お独りの方に毎日顔を出してケアしたり、コミュニケーションができるといいなと思って。やっぱり、なによりも人と交流する時間が大切なんです」

途中、ふらりと立ち寄られたおじいさん。

途中、ふらりと立ち寄られたおじいさん。寝込んでいる奥さんのために日用品とお菓子を買って、すこし休んで会話を楽しみ、また家に戻って行かれました。こうして、住民のみなさんが気軽に立ち寄り、交流できる場所が凪の里の大切な役割なのです。

途中、ふらりと立ち寄られたおじいさん。

“陸の孤島”のたからもの、「ひがしやま」と幻の「久通 芋ようかん」

西川さん

「ここは地理的にも、昔から“陸の孤島”でした。道がなかった時代は、舟でみんな移動していたんです。嫁入りも舟で行われていた。でも、だからこそ受け継がれてきた、ここだけの文化があるんですよ。これ、ひとついかが?」

そういって、嬉しそうに出してくれたパックには、干し芋のような食べ物がぎっしり。

“陸の孤島”のたからもの、「ひがしやま」

“陸の孤島”のたからもの、「ひがしやま」

「これは久通名物のひとつ『ひがしやま』といいます。人参芋というのを切って煮て干したもの。毎年12月頃に作るんです。もてなしの品です。食べてみてください」

口の中に広がる濃厚な芋の甘味、そしてどこか懐かしく、あたたかい味。美味しい!

「美味しいでしょ。いっぱい作って、お客さんが来た時に出したり、集落のみんなに配ったりして。みんな喜んでくれますよ」

そして、もうひとつ。久通には代々受け継がれる伝承の味、「久通 芋ようかん」があります。その歴史は数百年前からともいわれ、決して外の人に教えることのない門外不出のレシピで、現在でも昔ながらの作り方で作られています。“幻の芋ようかん”ともいわれるほど。

西川さん

「レシピを聞かれても、絶対教えられません。この久通で先祖代々ずっと守ってきたことだから。私は母に習い、母はおばあちゃんに習いました。この地域は芋、大麦・小麦の産地なんです。食べるものが芋しかなかった頃に、特別な日に作って工夫して盛り付け、みんなの楽しみだったもの。いまは年に数回のイベントやお祭りの時だけ、集落のみんなで作って食べます。昔ながらの作り方で、男衆は薪を森から拾ってきて、一日中かかって作ります。みんな楽しみにしているんです」

幻の「久通 芋ようかん」

幻の「久通 芋ようかん」

幻の「久通 芋ようかん」

残念ながら食べることができなかった幻の「久通 芋ようかん」の写真。植物の色素、地元の芋などを使い、寒天を使わずに独自の製法で作られるという。一度だけ、歴史民俗学を研究している大学の教授が「どうしても知りたい」と訪れた際には簡単にレクチャーをしたこともあるとか。

「集落の50代以上の人だったらみんな作り方を知っています。昔は男性も作っていましたからね。ただ、若い人が減ってきて、伝承する人がいなくなってきています。久通にお嫁に来た人には教えられるから、そんな人がはやく来ないかと待っているんですよ、あっはっは(笑)」

海のたからもの

久通の魅力は、なんといっても穏やかで美しい海。

久通の魅力は、なんといっても穏やかで美しい海。集落の人びとは、この海とともに生きています。じつはこの漁場は伊勢エビとアワビの宝庫です。古くから久通の人びとの生活を支える収入源であり、食卓を彩るごちそうでした。
太平洋の荒波で育った伊勢エビは活きも最高だといいます。台風が過ぎた日には一晩で500匹もかかったことがあるとか。また、ウニも大量に獲れますが、アワビの天敵になるため駆除しているそうです。久通の漁師はしっかりと漁期を守り、余計に獲れたものは放流するのが絶対のルール。この海のたからものを、次の世代の漁師たちに受け継いでいくためなのです。

湾を案内してくれるという漁協委員長の山口さん

湾を案内してくれるという漁協委員長の山口さん

湾を案内してくれるという漁協委員長の山口さん。90歳にも関わらず、岩場を力強い足どりで先導します。山口さんの家系はこの地で江戸時代から続く漁師一家。この海のスペシャリストです。言葉少なでしたが、そのあたたかな眼差しから、この海への愛がしっかりと伝わってきました。

透明度の高い美しい海。堤防からすぐに見下ろせるところにテーブルサンゴがあるのは珍しいという。

透明度の高い美しい海。堤防からすぐに見下ろせるところにテーブルサンゴがあるのは珍しいという。この海の豊かさを物語っている。

人がたからもの、久通のこれから

西川さん

「なんにもないところだけれど、こんなに豊かな環境があります。なにより久通の自慢は人のつながり。みんな兄弟姉妹みたいなもんです。みんなで分けて、みんなで助け合う。それが私たちの暮らし。 外から人が来てくれるのは嬉しいですね。凪の里には年間100名くらいの方々が宿泊されます。釣り客だったり、自然の中でゆーっくりしにくるご家族、最近はインターネットを見て若い人も来てくれます。もっと多くの人に来てほしい気もしますが、人手が足りません(笑)須崎市が情報発信をしてくれて、最近は視察に来てくれる人もいます。地域おこし協力隊のお話もありましたが、まだ実現はしていません。空き家も多いので、外から来てくださる方々に活用してもらうなんて良いかもしれませんね」

「もちろんこれからのことは不安もありますが、それでもみんな毎日元気にやっていきます。また久通にお越しくださいね。今度は芋ようかんの時期にね」

コミュニティーセンター 凪の里

奥四万十の「奥にある暮らし」を巡った今回の取材。 コーディネートいただいたのは、6月末まで2016奥四万十博推進協議会に在籍されていた加藤位里さん。もともと名古屋で広告・PRのお仕事を長年されていました。そんな加藤さんが「日本のまだ知らない地方に住んでみたい、地方のために働いてみたい」と思うきっかけになったのが、友人と訪れた奥四万十地域のひとつ土佐久礼への旅だったといいます。

慌ただしい日々から離れゆっくりするため何もプランを決めずに来たそうですが、そこで出逢った人や暮らしの姿に触れた時、「地方への旅は癒やしじゃない、新しいことに出逢える刺激的な旅だ!」と感じたといいます。その後、「2016奥四万十博」の外部人材募集の案内をたまたま(運命的に!?)見つけ、即応募したのです。

久通にて。取材の最後に記念撮影。加藤さんと漁協の山口さん、最高の笑顔!

久通にて。取材の最後に記念撮影。加藤さんと漁協の山口さん、最高の笑顔!

加藤さん

「自分のこれまでのキャリアで得たものを、日本の地方のために活かしたい、使ってもらいたい。いまはそういう思いでいます。今回の仕事で生まれた奥四万十とのご縁で、まだまだここにいたいと思っています。毎日が驚きと発見の連続なんです!

奥四万十への旅は、まさに“会いに行く旅”です。だから私は“観光客”ではなく、“ビジター”と呼びたい。各地にある暮らしの姿をリスペクトして、お邪魔させてもらう。そうした旅の体験から見えてくるものには、通常の観光では決して味わえない価値があるはずです。これまで仕事でもプライベートでも世界の様々な場所を旅しましたが、まだまだ日本にはほんとうに“旅をする”という文化が根づいていないように思います。旅行会社が決めたルートではなく、個人が思うままに行きたいところに行き、そこにある“ありのままの暮らし”を敬意を持って体験させてもらう、それこそがほんとうの旅の価値ではないでしょうか。

いまこの奥四万十地域でおこっている過疎化・高齢化の現状は、必ず近い将来、都市部にも訪れるであろう姿です。普段の環境から少し離れて地方を旅するということは、客観的に日本や日本人の暮らしを考える良い機会だと思っています。そうした意味でも、奥四万十には旅をして、出逢っていただきたい暮らしの姿が至るところに存在します。ぜひこの機会に、奥四万十の『奥にある暮らし』に会いにきてください」

編集後記

奥四万十地域の中でも、山の暮らし、海の暮らし、多様な暮らしの姿があり、住民のみなさんの気質や考え方も異なります。たしかに厳しい現状はありますが、同時に、“ここにしかない”魅力や価値がそこかしこに存在しています。地方創生の掛け声の下、お金をかけて観光ツアー等を醸成することも大切かもしれませんが、個人が旅を通してその土地の暮らしに触れる中から、新しい人のつながりが生まれ、ほんとうの交流が育まれていく気がしています。高齢化・過疎化という日本が抱える大きな課題に対して成功モデルばかりにフォーカスするのではなく、まだまだ知らない日本の美しい暮らしの姿を発見し、ありのままの魅力を伝えていくことで、ささやかでもポジティブな変化が生まれるきっかけになれば、Edeaはそんな存在でありたいと思います。
Editor / Writer 岸本悠生(TNC)