ひがし茶屋街

城下町金沢の中でも特に歴史を感じさせる東山エリア。石畳の情緒あふれる街並みに木造の町家建築が建ち並び、かつての華やかな茶屋文化の面影をいまに伝える「ひがし茶屋街」は、観光地として全国的にも知られています。加賀藩の時代に栄えはじめ、客人をもてなすための格式の高い場所でした。現在でも茶屋や料亭として営業しているお店も多く、日が落ちると三味線の音が聞こえてくることも。国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定され、「街並みの文化財」として保存策や新しい活用が進められています。
同時に金沢に残るこうした町家は、個人商店や住居など、いまでも地元の人びとの暮らしの場でもあります。「金澤町家」とは昭和25年以前に建てられた木造住宅の総称で、市内各所に約6000軒残っていますが、時代の移り変わりとともに後継者不在で空き家になるなど毎年約100軒ほどが取り壊されていっているのも事実です。
そんな時代にあって、いま金沢ではNPO法人金澤町家研究会や「おくりいえプロジェクト」など、民間企業や団体・個人が協力しながら町家の継承や活用に向けた様々な動きが生まれています。

ひがしやま荘

町家を受け継ぐ シェア・アトリエ

町家を受け継ぐ シェア・アトリエ

ひがし茶屋街の脇を入っていく路地裏に佇む「ひがしやま荘」。名前を聞くと昔ながらのアパートのように思いますが、じつは町家を活用したシェア・アトリエです。もともとこの地で昭和13年から続いてきた若林建具店という建具屋さんの作業場でしたが、廃業をきっかけにこのスペースをどのように活用していくか検討がなされ、金澤町家に関わる様々な人のつながりを経て、2013年4月にシェア・アトリエ「ひがしやま荘」としてオープンしました。現在は2つのアトリエと3つのものづくりショップが入居しています。
このシェア・アトリエ改修プロジェクトの仕掛け人である建築家の奥村さんと、ショップのみなさんにそれぞれの想いを伺いました。

(左から)建築家の奥村さん、「HACO;ya」の松原さん・橋川さん、「ユートピアノ」の松永さん、「AKASHU」のマイケルさん

(左から)建築家の奥村さん、「HACO;ya」の松原さん・橋川さん、「ユートピアノ」の松永さん、「AKASHU」のマイケルさん

奥村設計室:奥村久美子さん

「若林建具店さんのご主人が体調を崩されて建具店を閉めることになり、私の事務所も近所にあり親しくしていたのでご相談いただいたのがきっかけでした。若林さんの想いは『何か若い人たちの活動の場として使ってもらいたい』というものでした。以前から金沢美大の先生から卒業生が絵を描くスペースを探しているという話を聞いていたので、学生や工芸作家さんのアトリエとして貸してはどうかという提案から、シェア・アトリエという新しい道に向かうことになったんです。

ただ、当初は建具店の作業場として使われていた場所なので、多くの材料や道具で埋め尽くされた状態でした。それらの道具は、若林さんの繋がりのあった方のご紹介で、震災で被害にあわれた石巻の建具屋さんに使っていただきました。その他の家具や残された物たちは、金沢の「おくりいえプロジェクト」の協力により、引き取られたり処分するなどして、まずはこの町家に新しい利用者を迎えられるようにすることが先決でした。改修費用をできるだけコンパクトにし、ガスをIHにしたり、水の整備、雨漏りの修復など最低限にとどめ、家賃を入居者で分担し安く利用してもらえる体制を整えることで運営できるようになりました。

金澤町家は年間約100軒近くが取り壊されています。後継者がいなくて空き家の問題もあります。せっかくの価値ある建築物がもったいない。今回のように、大きな投資をしなくても町家を再活用する道はあります。地域とのつながりを大切に、これからの金沢の町家文化が、全国でも参考にしてもらえるようなケーススタディーになるといいなと思っています」

HACO;ya:松原大輔さん・橋川貴裕さん

ひがしやま荘の2階の「HACO;ya」は箱の専門店です。お二人は金沢で創業45年を数え、主に食品関係のパッケージ製造を行う、株式会社マツバラの専務と企画室のデザイナーを務めています。この「HACO;ya」というプロジェクトは、普段は商品を守るための脇役である「箱」の価値をいかに高めるか、ものづくりの可能性を探り、母体である(株)マツバラの企画室の役割も担っているそうです。

「私たちは金沢の生まれですが、この街の“空気感”が好きですね。華やかな一面もありながら、日常にはゆったりした空気が流れていて落ち着くんです。それと、昔から受け継がれてきた伝統工芸が盛んで、いろんな分野のクリエイティブに気軽に触れられる環境があります。それが、仕事にも生きています。ひがしやま荘は、仕事とは別にアットホームで自然体でいられる場所。頑張りすぎず、ものづくりを楽しむところでありたいと思っています」

ショップには、着物の生地を用いたペンケースや三段になった「跳び箱」などユニークでかわいい箱プロダクトが並びます。デザイン賞の受賞や地元のショップでの展開も行い、徐々にファンが増えているとか。金沢らしい工芸的な要素とデザイン性、そしてこの町家空間のショップもすてきな「HACO;ya」にぜひお立ち寄りください。

HACO;ya:松原大輔さん・橋川貴裕さん

HACO;ya:松原大輔さん・橋川貴裕さん

営業時間やイベント情報はこちら:http://haco-ya.com/

活版印刷 ユートピアノ:松永紗耶加さん

ひがしやま荘の1階奥のスペースで、活版印刷「ユートピアノ」として活動する松永さん。京都造形大学出身で、学生時代の作品制作で知り合った富山の歴史ある印刷会社さんが会社をたたむ時に、活版印刷の道具を譲り受け、ご主人から技術を習いました。それから、金沢で作品づくりをしながら作業場を探していた時にひがしやま荘のことを紹介してもらい、雰囲気に迷わず決めたそうです。

「金沢が好きで、ここで活動しています。金沢には独特の古い風習が、いまでも生活の中に息づいているところが魅力的ですね。たとえば、毎年7月1日は『氷室の日』といって、みんな『氷室饅頭』を買い求めます。他にも、『あじさい縁起』といって、7月の土用の丑の日の夜中に、他人の家の紫陽花を取りに行って家の玄関に飾ると商売繁盛するとか。こうした風習だけでなく、日常の中に自然と伝統文化が馴染んでいるところがほんとうに好きです」

現在は主に名刺制作のお仕事の相談が多いとのこと。鉛でできた活字を組み、一枚ずつ手作業で丁寧に刷られています。印刷面の凹凸や手仕事のぬくもりは機械での印刷では出せないもの。世界にひとつの自分だけの名刺をユートピアノさんにお願いしてみてはいかがでしょうか。

活版印刷 ユートピアノ:松永紗耶加さん

活版印刷 ユートピアノ:松永紗耶加さん

ご注文方法や営業時間はこちら:http://www.utopiano-kanazawa.com/

セレクトショップ AKASHU:マイケル・ケリーさん

ひがしやま荘の1階で若手作家の工芸品や古道具を扱うセレクトショップ「AKASHU」を運営するのは、自身も陶芸家として活動するマイケルさん。アメリカNY生まれのハーフで、14歳の頃から日米を行き来していたそうです。NYの芸術大学で陶芸を学んだ後に金沢美術工芸大学で陶芸を学び、その後は金沢の陶芸教室で教えながら自身でも陶芸家として作品づくりを続けてきました。親しくしていた茶屋街の骨董品店から紹介してもらい、縁あって入居することになったそうです。

「金沢には様々な工芸文化が息づいていて、それが魅力的で金沢に暮らしています。古い家も大好きで、いつか自分でこんな町家を購入して住みたいと思ってます。ここは古い物の価値を伝えるお店にしたい。知らない人が立ち寄って『なんかいいな』って魅力に気づいてくれるとうれしいですね。それと、金沢の工芸品は多彩な色のものが多いですが、異なる表現があることも知ってもらいたいです。ぼくが提案するのは『伝統が空間となじむ』ような作品たちです。現代の日常生活でも使ってもらえるような器たちを置きたいんです。これからも、古い要素を大切に、金沢らしいクラフト的な作家さんの活動を応援していきたいと思っています」

セレクトショップ AKASHU:マイケル・ケリーさん

営業日:毎週土曜、第2・4日曜
マイケルさんブログ:http://mkelley38.exblog.jp/

金沢の町家文化を大切に想う人たちによって受け継がれたひがしやま荘には、金沢を愛する個性豊かな人たちが活動していました。伝統の価値を引き継ぎ、ものづくりを楽しむこと。気張らずに、自然体で、時にコラボ作品も生まれます。みなさん普段は別のお仕事があるので、主に集まるのは週末だけ。そのゆるさが心地よい空間です。最近は県外から訪れる人も多いとか。ふらっと、遊びにいってみてください。