北陸新幹線の開業から3ヶ月、いろいろなところで「金沢」の名前を目にします。首都圏からの観光客増加はもちろんのこと、海外から訪れる旅行客も増加。いま、最も“旬なまち”という表現が似合う都市です。
古くは江戸時代から加賀百万石の城下町として栄え、いまなおその歴史文化の面影を色濃く残す金沢には、歴史遺産、食文化、伝統工芸、アートなど多様な魅力が詰まっています。まち全体として外からの客人をもてなすべく、各所で受け入れ体制の整備などが進んでいます。
ただ、長らくそれらの価値を受け継ぎ、大切に守ってきたのは、この地に暮らす人たちです。地方創生が叫ばれ、否応なしに変化の波がおしよせる現在も、このまちの根底をなす精神は変わっていません。地域の人の手によって過去の遺産と受け継がれる暮らしをしっかり守りつつ、新しい価値を創り出し、全国へ、世界へとつないでいく。想い描くのは「観光都市」ではなく、「交流都市」の姿です。
新しい時代へ、決してブレることのない、このまちに脈々と流れる暮らしのエンタテインメントに出逢いました。

東京駅を出発する北陸新幹線「かがやき」
東京駅を出発する北陸新幹線「かがやき」

長年の構想から紆余曲折を経て2015年3月14日に開業を迎えた東京―金沢間の北陸新幹線。多くのメディアで特集が組まれ、訪れる観光客も急増。金沢の盛り上がりは新幹線の開業とともに自然に生まれたものと思われがちです。でも、その背景には行政と市民が一体となり、この大きな変革期を迎えるための努力がありました。
お話をうかがったのは金沢市役所のプロモーション推進課、国際交流課、商業振興課、公益財団法人金沢国際交流財団のみなさん。新幹線開業を迎え大きな変化の時にある金沢では、行政として具体的にどのような取り組みに力を入れているのでしょうか。

全国各地と “縁を紡いだ” 努力

プロモーション推進課課長、桑原秀忠さん。「じつは2年ほど前までは、私たちがいくら新幹線の開業に向けてメディア露出や旅行ツアー増加の相談をしてもほとんど相手にしてもらえませんでした。まだ認知度も低く、価値を感じてもらえなかったんでしょうね。でも私たちはずっと首都圏を中心にPRを続けてきました。よく『金沢の一人勝ち』という声も聞こえてきますが、私たちは胸をはって『努力を続けてきましたから』と言っています。つらい時期もありましたよ。それでも、開業までにどれだけ多くの関係者とのご縁をつなげるかが成功のカギだと信じ、早い段階から人脈を拡げるための地道な営業活動を続けてきたんです。」

開業が近づくにつれて、首都圏のメディアや旅行関連業界がいっせいに金沢の特集を組むようになりました。地道な努力が実を結び、多くの問い合わせが入るようになったのです。

市民とともに歓迎した北陸新幹線開業

市民を招いて開催したレールウォーク
市民を招いて開催したレールウォーク

行政として同様に重きを置いていたのが、新幹線開業にあたって地域の人びととの気運の醸成でした。 「もっとも重要視したのは、新幹線が地元に与えるインパクトをプラス面もマイナス面も含め正しく理解してもらうことです。『新幹線が通る』という程度の感覚だった中で、どのような心構えで新幹線開業を迎えればよいのか。新幹線によって外との交流がよりいっそう盛んになる前に、『おもてなしのまち金沢、市民ひとりひとりが自分でできるおもてなしを何か1つでも実行しよう!』という想いを伝えるため、様々な情報発信やイベントを市民に向けて行いました。市民のみなさんを招いて整備中の線路を歩いてもらったレールウォークなど、情報だけでなく実際に新幹線を体感してもらうことが大切です。そうした活動で、地元から気運が高まっていくのを感じることができましたね」

北陸新幹線開業150日前カウントダウンとして行われた「金沢城プロジェクションマッピング」は、市民の気持ちを高め、全国から訪れる観光客にも金沢のイメージを発信する最大規模のイベントとなりました。金沢城の菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓を舞台に、漆喰の壁や石垣、瓦などの伝統的なお城のディテールを活かし、横幅140mにおよぶ圧巻のスケールと金沢らしい洗練された映像と音楽で織りなす、日本屈指のプロジェクションマッピングを実施。わずか15分のイベントにも関わらず、地元から、全国から5万2千人もの人びとが訪れこの空間に酔いしれたのです。

2014年10月11-12日に行われた金沢城プロジェクションマッピング

2014年10月11-12日に行われた金沢城プロジェクションマッピング

金沢を体感する新しい観光

晴れて開業を迎えた北陸新幹線。開業3ヶ月の利用客数は前年同期の3倍を超えて好調に推移しています。以前から観光都市として人気が高かった金沢ですが、市としてこれから力を入れていくのは、単なる“観光地めぐり”ではなく、訪れる人びとに金沢という都市の本質的な価値や魅力を伝え、ゆっくりと体感してもらえるような「滞在型観光」の提案だといいます。
「兼六園、ひがし茶屋街、金沢21世紀美術館、近江町市場など、金沢には全国のみなさんに知られる観光スポットがありますが、当然ながらそれだけが金沢の姿ではありません。また、よく『小京都』と呼ばれることがありますが、公家文化が育まれた京都とは異なり、城下町金沢は武家の文化が花開いたまちです。加賀藩前田家のお膝元、華やかでありながら「質実剛健」の精神が培われ、現在も市民の暮らしに受け継がれています。観光客のみなさんにこのまちの歴史文化や本質を伝えていくため、いまわれわれは新しい観光のかたちを提案しているところです。金沢は規模的にも大きくはない都市ですので、団体ツアー等で観光スポットだけを忙しなく回って帰るのではなく、夜間景観が美しいまちとしてオランダ・フィリップス社から日本で唯一選ばれた夜の金沢や、昼の喧騒からは想像もつかないしっとりとした早朝の茶屋街の風情など、このまちの息づかいを感じていただければ、もっと金沢を好きになってもらえると思います。そのために、市ではこれから様々な金沢らしい観光体験をしていただけるよう準備を進めています」

金沢 古地図めぐり

金沢 古地図めぐり


過去に大きな戦争や災害に遭っていない金沢は、保存されている350年前の古地図と照らし合わせてみても、じつに8割以上のみち筋が現在と一致するほど、いまでも昔ながらの街並みが残っている。電車も車もない時代の城下町ゆえに徒歩圏内に魅力が凝縮されている。「金沢古地図めぐり」は現代地図のない観光マップ。ゆっくり時間をかけて散策すれば金沢の歴史や当時の生活文化を感じられる新しい観光スタイル。
▶ 「金沢 古地図めぐり」デジタルパンフレット
その他、市では歴史的景観の維持・保存にも力を入れており、町家や土蔵建築からレトロモダンな近代建築まで、市内各地に散らばる数々の名建築をめぐる「金沢アーキテクチャー・ツーリズム」なども人気が高い。
▶ 「金沢アーキテクチャー・ツーリズム」
デジタルパンフレット

県や他市町との連携、金沢をハブに各地へ

市では新幹線の終着駅としての金沢ではなく、金沢をハブに各地へ足を運んでもらえるような提案を、石川県や他の市町とも連携しながら進めていきたいといいます。南北に長い石川県の南部・加賀エリアには、歴史ある加賀四湯で形成される「加賀温泉郷」。県の北部・能登エリアには世界に知られる加賀屋をはじめとした七尾市の和倉温泉や、2011年に「能登の里山里海」として日本初の世界農業遺産認定を受けた自然や暮らしの姿、朝市や漆器で知られる輪島市、さらにNHK連続テレビ小説「まれ」の舞台としてもいま大きな注目を集めています。
また、北陸新幹線沿線都市との連携や、岐阜県高山市及び白川村、富山県南砺市との連携による「北陸飛騨3つ星街道」という広域観光ルートも造成し、徐々に人気が高まっています。これから金沢を訪れる観光客のみなさんには、より多彩な旅のプランが提供されていくことになるでしょう。

金沢プライド:食文化と工芸

いま、金沢では観光の活性化としてだけでなく産業の伝承・育成という側面で、金沢固有の価値を大切に育み、全国に、世界に発信していくための明確な共通認識があるといいます。「金沢には様々な魅力がありますが、全部に力を入れても逆に本質が曖昧になってしまいます。できるだけシンプルに、誇れるものを育て、伝えていきたい」、そう商業振興課の山田さんは言います。

金沢が全国に誇る固有の文化、それは「食文化」と「工芸」。江戸期、加賀百万石の武家文化の中で、客人をもてなすために華やかな料亭文化が形成されました。あわせて、文化奨励策がとられ「茶道」が広く普及。それらは現在の金沢に残る数々の老舗料亭や茶屋街の街並み、日本一の和菓子消費額をみてもわかります。そして、現在でも金沢の産業は中小零細企業が多くを占め、伝統的に市民の暮らしを形作ってきた「食」と「工芸」に関わっている産業の割合が多いというのも事実です。
金沢が誇る「もてなしの食文化」は工芸との密接な関係によって成り立ちます。新鮮な海産物、伝統的な「加賀野菜」など四季折々の食材だけでなく、それらを調理する職人の技術、盛り付けに用いる金沢漆器や九谷焼などの伝統的な器、さらに床の間のしつらえ、空間の美しさ、接客や芸妓さん等のサービス面など、あらゆる要素が融合してこその食文化なのです。
味だけではなく器や空間の美しさを愛でながら、五感で味わってもらいたい。本質的な金沢の食文化の価値を伝承・発信するため、市では2013年10月に「金沢食文化条例」を施行。行政、事業者、市民それぞれの役割を明確化し、固有の食文化の持続的な発展に向けてスタートを切りました。2014年度には「金沢の食文化推進委員会」を発足。新ホームページ「五感にごちそうかなざわ」を開設し、各事業者と連携した情報発信、食文化を推進する事業への補助金制度、首都圏での発信拠点を設置するとともに、若手職人の技術向上や研究、後継者の育成等の取り組みを進めています。金沢の“プライド”とも呼べる食文化と工芸。今後は世代交代が進み外からの文化とも交わりつつも、決して失われない金沢固有の価値として受け継がれていくはずです。

「五感にごちそうかなざわ」
金沢の食文化を発信する「五感にごちそうかなざわ」

「銀座の金沢」
2014年10月末に東京・銀座にオープンした
「銀座の金沢」

「金沢料理職人塾」
若い職人の技術向上、後継者育成のために行われる「金沢料理職人塾」

世界の「交流拠点都市」金沢

金沢のまちを歩いていると多くの外国人の方々を目にします。国際交流課の松矢憲泰さんは「将来の金沢の姿を考えるうえで『国際化』というキーワードはあらゆる部分に関わってくる」と話します。それは単純に海外からの観光客や在住者の増加という話ではありません。海外で“KANAZAWA”の認知度を高める発信をするとともに、都市として受け入れる体制の整備、市民の意識向上、そして海外各地との間で継続的に人やモノ、情報が行き交う、世界の「交流拠点都市」をめざすというものです。金沢の資源を活かした具体的な取り組みが、すでに官民一体となり始まっています。

「ユネスコ・クラフト創造都市」とクラフトツーリズム

受け継がれる伝統工芸の価値が世界的に評価され、ユネスコが創設した世界の「創造都市ネットワーク」に2009年6月にクラフト分野で日本の都市として初めて登録された金沢。「手仕事のまち・金沢」として世界に向けて情報発信を行うとともに、外国人の方々にも金沢のものづくりや工芸文化を肌で体験する「クラフトツーリズム」を推進している。


金箔工芸体験


和菓子作り体験

若手料理人の海外派遣、文化交流の推進

世界に誇る食文化をもつ金沢では、若い料理人を海外に派遣し現地の食文化や技術を学ぶと同時に、現地で金沢の食文化の発信・普及に努める活動を行っている。情報だけでなく実際に人と技術の交流が行われることで、双方にとって新しい気づきを生み、継続的な文化交流が育まれるという。

市民レベルの多文化共生事業の促進、ボランティアの活躍

金沢市の外郭団体である金沢国際交流財団(KIEF)では、より市民レベルでの国際交流を促進している。在住外国人や留学生らと市民の交流をはかるワークショップや言語講座、イベント等、金沢に暮らす市民の多文化共生のための理解を深める取り組みを行う。また、金沢グッドウィルガイドネットワーク(KGGN)は、訪れる外国人旅行者や在住外国人に対して基本的にボランティアで通訳ガイドを行う。また、困っている外国人に対応するための簡単な英会話教室も大人気で、市民の中にも「おもてなし」や国際交流に対する意識が醸成されつつある。


在住外国人が市民に食文化を伝える「英語でワールドクッキング ~タイ~」の様子


各国の料理や多彩な文化に触れられる「国際交流まつり」を年に一度開催

今回の取材で驚いたのは、世界の「交流拠点都市」をめざすうえで、行政としてあらゆる部署にまたがった目標や数値が8~10カ年計画として具体的にまとめられていることでした。北陸新幹線の開業という大きな契機を迎えながらも、より長期的な視野で都市のあり方が熟考され、官民が一体となって着々と取り組みが進められています。変化に適応しつつも、金沢というまちの根源に息づく文化や暮らしのアイデンティティを大切に受け継ぎ、新しい時代へと歩み出しています。その姿勢は「金沢モデル」ともいえるほど、各地の自治体も熱い視線を送ります。
「金沢が率先して取り組む姿を見て、県内の他の市町が同様に挑戦してくれることがあります。他県の自治体が学びたいと言ってくれる場合もあります。うれしいことですね。長い歴史の中でこのまちに暮らす人びとが受け継いできてくれた価値、誇れるもの、守るべきものをしっかりと自分たちが理解し、新しい価値を創造し、発信していきたいと思っています」

取材にご協力いただいた金沢市役所のみなさん

取材にご協力いただいた金沢市役所のみなさん